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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)8822号 判決

原告 明治鋼材株式会社

被告 鈴木喜志占

主文

被告は原告に対し金一、一四二、七一二円及びこれに対する昭和三六年一二月三日より支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項と同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、請求原因として、原告は鋼材の売買を業とする商事会社であるところ、昭和三六年二月二七日解散し、同年三月一〇日東京地方裁判所昭和三六年(ヒ)第二八号特別清算開始決定により現在特別清算手続中であるが、原告は被告に対し昭和三五年一〇月二〇日より同年一一月二五日までの間に別紙売掛明細表〈省略〉記載のとおり代金合計二、一二七、〇七九円に相当する等辺山形鋼等の鋼材を売り渡したが、被告は右売掛代金債務中別紙入金明細表〈省略〉記載のとおり合計九八四、三六七円の支払をしたのみであるから、原告は被告に対し右売掛代金残額一、一四二、七一二円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和三六年一二月三日より支払ずみまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める、と述べ、被告の抗弁事実を争い。

再抗弁として、仮に被告が右訴外宇喜田製鋼株式会社より債権の譲渡を受けたとしても、之は原告の支払停止の事実を知りながら譲り受けたものであり且つ債権譲渡の通知は特別清算開始決定後になされたものであるから商法第四五六条により準用される破産法第一〇四条二号、三号に該当するので被告は右譲受債権を以つて相殺することは許されない、と述べた。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として原告主張の請求原因事実は認める、と述べ、抗弁として被告は昭和三六年一月二四日訴外宇喜田製鋼株式会社が原告に対して有する四、二八五、四二八円の債権中、一、一四二、七一二円の債権を譲受け右訴外宇喜田製鋼株式会社は右譲渡の事実を昭和三七年三月一日発、同月三日着の書面を以つて原告に通知し、被告は本訴(昭和三七年四月六日の本件第五回口頭弁論期日)に於いて右債権を以つて原告の本訴債権と相殺する旨の意思表示をした。よつて原告の請求は失当である、と述べ、原告の再抗弁事実を争うと述べた。

理由

原告主張の請求原因事実は被告の争わないところであるから被告の相殺の抗弁について判断する。被告の主張によれば被告が自働債権を譲受けたのは、昭和三六年一月二四日であつて、譲渡人である訴外宇喜田製鋼株式会社が債務者である原告に対してなした譲渡の通知は、原告に対し特別清算開始決定のあつた昭和三六年三月一〇日の後である昭和三七年三月三日である。そこで右自働債権の存否を判断する前に原告の主張するとおり右被告の相殺の抗弁が果して商法第四五六条により準用される破産法第一〇四条第二号に触れ許されないものであるかを考えなければならない。

譲受債権をもつて相殺を主張することは、債務者への通知又は債務者の承諾と言う対抗要件を具備して初めて可能であることは論をまたない。然らば右破産法第一〇四条二号の「破産宣告の後他人の破産債権を取得した」との規定は、取得原因が破産宣告前であつて、対抗要件が破産宣告後であるとき適用されるものであろうか。そもそも相殺は当事者に於て相互に債権債務を有し、これが相互に担保の作用を営み、当事者間で各債権の実効性に信頼を寄せているという点にその制度の基礎を有するのであるから、破産の場合においても原則として相殺を認め、ただ幣害のある場合に之を禁止するものであり前記第一〇四条第二号もその場合の一つである。この規定は破産者の債務者が価値の減少した又は殆んど無価値に等しい破産債権を取得し、破産財団に対する債務と相殺し、破産債権者の犠性に於いて相殺者の不当に利得することを禁止せんとするものである。

この規定の趣旨と債権譲渡の対抗要件の制度の趣旨を綜合すれば、取得原因は破産宣告前であつても宣告後初めて対抗要件を具備した場合には本規定が適用されると解するのが相当である。蓋し、対抗要件を具備したときをもつて前記第一〇四条第二号の適用を考えることは、債権譲渡が何時行われたか必ずしも明確でない結果、故意に破産宣告前債権の譲渡を受けたとの虚偽主張等によることの紛争を防止し、対抗要件の具備をもつて画一的に処理することが破産債権者の保護その他破産制度の運用上望ましいのみならず、他面債権譲受人も亦譲受後直ちに対抗要件を具備すればその利益を護ることができるものであるから、上記の解釈は債権譲受人に対し不当な不利益を与えるものでなく、従つて相殺制度の基礎である債権債務の相互担保の作用をこの場合まで尊重する必要を見ないからである。以上の理は破産の場合のみでなく特別清算の場合における相殺禁止についても異ならない。そうだとすれば被告の相殺の抗弁は自働債権の存否につき判断するまでもなく、商法第四五六条により準用される破産法第一〇四条二号に触れ失当であると云わなければならない。

よつて被告は売掛残代金一、一四二、七一二円及びこれに対する本訴状送達の翌日であること本件記録に徴し明らかな昭和三六年一二月三日より支払ずみまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、原告の本訴請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 上野宏)

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